相対化とは?

最終更新: 3月12日

識別形体の優位性による正確な認知と、質による区別の重要性が身についた初期集約的把握の時期には、注意は外界に集中的に注がれている。外在する図版と内に生起する運動感覚との複合のためには、よりどころでもあり拘束枠でもある外在する図版の支配力を相対化させることが必要である。その相対化によって生じる自由枠の中で、内に生起する運動感覚に対処し得る余地が生まれる。外在する現実という重要なよりどころを相対化させる、つまり相対的によりどころを失うことになるが、それに対して自分を頼りに対応するという、超越的な力が必要になると言い換えてもよい。発達的にいえば、初期集約的な把握様式の時期には、そのような主体的対応力は未だ成熟していないのである。初期集約的な把握型以前の把握様式を示す事例4も、運動反応は全く産出していない。内面性が構築されず、身についていないのである。(P113)


辻先生は「ロールシャッハ検査法」において、「絶対化」ー「相対化」という軸を提示しながら、被験者のロールシャッハ体験を説明されている。ロールシャッハ図版は、「あいまいな刺激」「何にでも見える」という特徴から、この両軸の間を揺れ動きながら被験者は反応を産出する。上述の引用は、運動反応の産出に伴うこの軸の位置関係を説明していると考えるとわかりやすいが、いわゆる「図版上にない(単なるインクのシミなので)」運動感覚が反応として言及される際には、図版の支配力を相対化させることが起こるのである。


ここでこの「相対化」という考え方は、片口法における「距離」の概念とも共通する可能性についても触れたい。片口はこうした概念を「認知的距離」と「体験的距離」という形で直行する2軸の平面を作り説明し、また特に被験者の反応がその平面上のどこに位置づけられるかで、適応的か統合失調症を始めとした様々な問題につながるかについて検討された。これは多くのロールシャッハを学ぶ者にとって非常に魅力的に感じる考え方である一方で、難解でわかりにくい概念でもあった。


しかしこれは阪大法の「相対化」の考えを借りれば、「絶対化」ー「相対化」という軸の中で、言いかえれば「図版の支配力の絶対性に縛られる」ー「図版の支配力を相対化させる」という軸の中で起こる様々な反応の可能性(→そこには被験者の体験過程自体が現れている)と考えることによって、その様相が「認知的」にも「体験的」にも見えてくると考えても良いのではないか。


さらにここで阪大法の強みを紹介すれば、そこに例えば「外輪郭形態把握」や「複合」がどの程度機能しているかどうかを見ていくことで、その人の健康度を図るポイントにもなってくること。


総じて単なる「インクのシミ」という絶対的な事物を相対化していく中で、被験者はある意味不確定な世界に投げ出されることになるが、その拠り所があるかないか、つまり心の中に何らかの相対化を支える「構造(外輪郭形態把握や複合等)」を持っているかどうかが適応の鍵になっているとの印象を持つ(片口の距離は、「体験軸」と「認知軸」の接点付近にその構造があることを示しているが、それが何かは示していない)。


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